八王子の歴史

八王子空襲

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八王子空襲

 

3昭和20年8月2日の深夜12時ごろ、B29爆撃機169機が来襲し、2時間にわたって爆撃され市街域のうち80%が焼失した。空襲が予告されたため都内中から消防隊が結集されたが、市街中心部に水利が少なく、消防の能力をはるかに超えた火災であった。

中町でも24名の方々が亡くなっている。なかでも当時では珍しい鉄筋コンクリート4階建造りの小島病院では、院長先生夫妻や看護婦など8名もの方が被災した。また、今のドンキホーテの所にあった多摩相互病院でも、患者を逃がすのが手一杯で、医師や看護婦たちは逃げ遅れ5名の方が亡くなっている。

 あと僅か13日後に終戦になり、犠牲者・ご遺族の方のご無念を思うと、痛恨の極みである。空襲で尊い命を奪われた方は約450名、負傷者は2000名にも及んだ。市街地への無差別攻撃により一般市民、女性子供を多く殺傷した事実は、広島・長崎への原爆投下で多くの市民が亡くなったことと合わせて、厳重な審判を下さるべき非道な行為である。

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